タイトルなんて自分で以下略

 

「妹子さん。僕のメス豚におなんなさい」

 

家から出た途端、なにか信じられない言葉を耳にして、僕は思わず飛びずさってしまった。

「――はぁ!?」

我が家の質素な塀に凭れていたのは、端正な顔を備えた、黒い目の青年だった。

「曾良くん?

 ・・・・・・こんな朝っぱらに、なに江戸時代からはるばるワープしてきてるの」

「僕がいつどんな時代にワープしようと僕の勝手でしょう」

「まぁ そうだけど・・・・・・てゆうか、何だって? 

 メス豚 がどうとか聞こえたけど、絶対僕の気のせいだよね」

「いいえ。気のせいじゃ無いですよ」

「やっぱりそうか。良かったぁ。 

 それじゃ僕、これから仕事なんでもう行くねさよなら」

バッ

と、僕の目に飛び込んで来たのは、僕自身の顔だった。

「――へっ?」

曾良君の指が摘まみ上げているのは一枚の写真で、そこには――

ぼ・・・・・・僕と太子のキスシーン が克明に写っていた。

しかも写真の僕は、これ以上無い程うっとりした表情でキスに溺れていて(その上半目で)、自分で見ていて顔から火が出そうだった。

「良い顔してますね、妹子さん」

だ、だって太子が上手いんだもん!——じゃなくて、ナンデ・・・・・・これっ!?」

「きみの上司が散々見せびらかして来て、挙げ句の果てにくれました」

「太子ィぃぃー! あんっの 馬鹿がぁ!! 何撮ってやがんだ、何考えてんの!!

 つか、なんであげるの他人に!!??」

「保存用・観賞用・のろけ用・人に押し付ける用・丑の刻参り用・一緒に寝る用・自慰用 に焼き増ししてあるからドウゾ、と」

ごく自然に自慰とか言うの止めて。 アホ太子め、今日会ったらまっ二つにしてやる」

と、さり気なく まっ二つに引き裂こうとした僕の手から、曾良君がすかさずブツをかすめ取った。

「う・・・・・・其れを渡してください、曾良君」

「嫌です」

曾良君は、滅多に見せない笑顔を見せる。勿論にっこりなんて可愛い物じゃなくて、ニターッていう、厭らしいとしか言いようの無い笑みを。

僕はなんとか取り戻そうと手を伸ばすけれど、身長差が物を言って、この手は空気ばかり掴む。

マズイ―― 結構マズイ物を握られてしまった。

プライバシーがどうこう以前に、これは僕の、朝廷内での立場を危うくしかねない事態だ。

この写真が公の場に流れてしまった暁に、太子がホモだのキモイだの言われようと知った事じゃないけど、

僕が太子にメロメロしている姿なんて、死んでも曝されたくない。

自分像を作り上げるのは時間と労力がかかるけど、其れは些細な事が原因で、一瞬にして崩れてしまう。積み木のように。

僕は至極マトモな人間なんだ。 太子の半狂人ぶりに無理矢理付き合わされているツイてないお守り役なんだ、あくまで。

それが『あのネジのゆるんだ聖徳太子の男』なんてレッテルが貼られた日には、僕は職場から、世間から逃亡し、何処か肩身の狭いところで、畳に生えたキノコでも食べて暮らす羽目になる。

「渡してください。本当、勘弁してよっ」

ああもう、どうして僕が半泣きにならなきゃならないんだ。僕が何をしたって言うんだ。

「曾良くんの鬼畜外道、鬼畜阿呆」

「有り難うございます。 まっ、あげてもいいですけど、要は妹子さんの気持ち次第ですよ」

 「ああっ?」

「だから・・・・・・

 僕と結婚を前提にお付き合いして頂ければ、この写真をあげないこともないと、そう言ってるんです」

ケッコンヲゼンテイニ オツキアイ?

いや——おかしいって。

どうして、僕にそんな事を求めて来るのか。

「ああ、もーぶっちゃけて言います。 僕の恋人になって欲しいんです」

――は、はぁぁ!?

曾良くんは、怖い程のポーカーフェイスでそんな事を言うから、悪い冗談だとしか思えない。っていうか、そうとしか思いたくない。

「大変だ、脳味噌に深刻なダメージがいってるみたいだよ!

 あ、あれだよね。曾良くんが初めてウッカリこの時代に来たとき、

 ワームホールから投げ出されたときに、なにか、僕の頭にしたたかに頭をぶつけて来たよね。

 事故だったけど――痛かった――その影響が今になって出て来たって訳だね?

 よっしゃ病院行きましょう」

「いいえ。 実は僕、初めてのウッカリタイムスリップで出逢ってからずっと、妹子さんのことが」

「ちょ、何で鋏を出す?」

「この写真――妹子さんの部分しか必要ないからです。其れ以外は切り取ってドブにでも捨てます」

「何か言ってるよぉぉ!」

「というのはまァ、妹子さんとの取引を成立させたいので止めておきますが・・・・・・」

「取引って言うより、『ゆすり・恐喝』でしょ・・・・・・」

「何とでもおっしゃい。 

 きみが聖徳太子にお熱なのは知ってます。だからこそ、僕も性別という敷居をまたぐ決心がついたという訳なんです。

 恋情の前ではどんな壁も意味が無いって事、妹子さんならよく解ってるんじゃないですか」

「それは・・・・・・まァ・・・・・・」

言われてみれば僕だって、なんだかんだいって、あの太子と・・・・・・そういう関係だ けど

「兎に角この写真が欲しいのならば、僕の恋人になると誓う事ですね。」

 「いやいやいや、そんな事言われても困るよ本当に!

 それに—―こ、こんなこと、死んでも言いたくなかったんだけど・・・・・・

 ぼっ、僕には太子という人がいるんだ・・・・・・!

 ・・・・・・第一、そんな卑怯な方法で、ぼ——僕を手に入れて、嬉しいの?」

チッ

途端、身の回りの空気が、瞬間冷却された気がした。

こここここここ・・・・・・怖い——

僕は曾良君の顔を見る事が出来なくて、雑草の上に視線を彷徨わせた。

なにせ曾良君は、仮にも師匠である芭蕉さんにすら、あんなに情け容赦ない、残虐な鉄槌を下す人だ。

「ごめんなさい・・・・・・」

僕は平身低頭して、懇願するしか無かった。

 

「——ハァ」

ザリッと、草履が砂を引き摺る音がしたので、僕は恐る恐る曾良君を伺った。

曾良君は笠を深く被り、こちらに背を向けた。

「出直しますよ。 江戸時代へ帰ります」

 「そ——そうですか・・・・・・お気をつけて」

「ええ。 妹子さんもお元気で。

 無念ですが——君が健やかである事が、一番の願いです。 

 住む世界や時代がどれほど違おうと・・・・・・僕はそれだけ祈ってます」

曾良くん——

信じられない事だけど、彼の背中は、シュンと萎んで見えた。

そんなに僕の事を・・・・・・

何故だか、無性に罪悪感が膨らんで来た。

いやいや、そんな必要は無い。マッタク無い。 けど・・・・・・

確かにやり口は卑劣で、強引で、滅茶苦茶だった。

でも其れは、無骨な彼なりに、単純に一人の人間を恋しがった結果だ。

——別の時代から持ち帰った恋心を引き摺るのって、どれだけ辛いのだろう——

「曾良くん 曾良くん」

ああ、僕のお人好し。っていうか馬鹿・・・・・・。

「一日だけなら・・・・・・いいよ」

「え?」

「一日だけ、君の——こっ・・・・・・恋人になってあげてもいいよ」

「本当ですか」

相変わらずの怖い顔で、それでもかなり嬉しそうに曾良君が言ったので、僕は何だかホッとしてしまう。

「うん。男に二言は無いよ・・・・・・

 その——大事にしてよね」

場を和ませる為に付け足したつもりが、よく考えたら滅茶苦茶恥ずかしい事を言ってしまった。

 もう、何だか色々おかしいよー・・・・・・

酸素不足の金魚のように、あっぷあっぷと思考をショートさせていると、

曾良くんが手を握って来た。

 「そらく・・・・・・」

逃げる間もなく、まんまと呼吸を奪われた。

速やかに押し入って来た舌が、僕の思考を晴らすと同時に、心臓を戦慄かせる。

口の角度を変えるたびに、深く、激しく舌を縺れ合わされ、

——気付けば僕は不埒な事に、曾良君とのキスに没頭していた。

 

 

「曾良君、いい加減モップがけしてよ。 約束したでしょ。

 こちとら貴重な有休を一日分、きみのために消費した訳だからね。

 替わりに今日は家事をやってもらうよ」

僕の家の中の、こたつの中の、曾良君の腕の中で、僕はぼやいた。

曾良君と言えば、自堕落に寝っころがって、TVを観ている。

「チッ、抱き枕が五月蝿ぇな——

 このドラマが終わったらやりますよ」

「今なんか聞こえた・・・・・・本当だな? ドラマ終わったらやってよ!?」

 「はいはいはい。

 其れが終わったら、恋人らしいこともさせてくれるんですね?」

「ま——まぁね。

 ・・・・・・ちなみに、何をする気なの」

「そうですね。縛ったり、くわえさせたり——」

「却下ぁ! くわえさせるって、何を!?」

「最初はソフトにやっていきますから、安心して下さい」

「も、離して。 君なんかと同じこたつに入ってらんない——っ」

「おっと——離しませんよ、僕の可愛いメス豚さん」

「今、何か聞こえたぞ!」

「幻聴でしょう。 

 あ、良い顔ですね、妹子さん。 気持ち良いんですか?」

 

悔しいけど——否定出来ない。

 

<fin>