「結局妹子はぁ、バレンタイン何もくれなかった訳だけど」
「はぁ。 てゆーか、なんで僕が、太子にチョコあげなきゃならないんです。
あ、『友チョコ』とかゆーの止めてくださいよ。 僕 太子の友達じゃないですから」
「でも私、摂政だから。寛大だからさぁ。受け取れよコラァ」
相変わらずのコントロールで、太子は得体の知れない箱を投げつけてきた。
案の定其れは、物理的にどう見ても実現不可能な軌跡を描いて、太子自身のデコに命中した。
「へぼぉ!! こんの腐れチョコレートがぁ!!!」
「太子・・・・・・それじゃ、僕もう帰っていいですか。」
「待てぃ! 折角のチョコを目の前にして帰るとは何事だっ。
しかも手作りなんだぞバカヤロー。受け取れったら受け取れ」
「いや、ですから太子・・・・・・ホワイトデーって、男性から女性に贈り物をする日だと、僕は思う訳ですよ」
「おやまぁ奇遇だな。私もそう思ってるんだ」
「ならば太子。あなたのチョコは女性にあげるべきではないでしょうか?」
「ああ、お馬鹿な妹子よ。これは私が数百人の女子達に配ったチョコの余りにすぎないんだよ。
皆あまりに私の手作りチョコを欲しがるものだから、もう作りに作って作りすぎちゃったお陰で、
バレンタインにチョコ貰えなくて 糖分も愛も欠乏気味の妹子に分け与えてやる分も出来たと、
そういうわけなんだよ」
「余計なお世話だ! どーせ太子だって一個も貰えなかったんでしょう。
今日は取り敢えずハシャイでチョコ作ってみたものの、誰も貰ってくれなかったんでしょ。
『なにこれ 臭いっ』とか言って投げ返されたんでしょ、チョコ!」
「そんな事ないんだもーん。アホ妹子。カス妹子。
クソ、もういいよ。妹子が食べないなら・・・・・・私が・・・・・・食べるもんね」
「目が潤んできてますけど、太子」
「違うっつの。心の汗だっつの」
そんな事を言ったって、僕が図星を突きすぎてしまったという事は、その平べったい顔にありありと表れていた。
たく、しょうのないオッさんだ。
「寂しいなら寂しいって、言えばいいでしょうが。 僕は今更、アナタの惨めさなんて特に気にしないんですから。
・・・・・・その可哀想なチョコレート、一緒に食べてあげましょうか?」
コックリと頷く太子。
おや、意外に素直だ。
「ング――なんですかこれ、くっさ――臭くて味が解らないんですけど」
見た目は予想を裏切って、なんだかマトモな、大粒のトリュフだったんだけど――
「チョコと言えば酒だろ。酒と言えば、バーボンだろ――くっさ」
「入れ過ぎですよ、どう考えても入れ過ぎですこれ――ふぐぅッ――僕もう駄目です・・・・・・」
「ぅ――? ちょっと待ぺ、今 私が口に 入れぺるの、なんか甘い気がフる」
「ちょっ、太子、なんだか目がキュルキュル廻ってますよ」
「妹子も食べれブァ解る、甘い、うん、甘ぁい」
ニヤニヤ笑いながら、太子は僕を押し倒して、馬乗りになってきた。
「太子ィ――!!」
「いもこ、くちあけお」
チョコを含んだままの口から、ポタポタと生暖かい太子の涎が顔に落ちて来る。
「ひぃい!――止めてください、どっか行ってください、ぶっ飛ばしますよ――っ」
太子はジタバタもがく僕の上体を押さえつけて、臭いキスをしてきた。
息が出来ない――!
口の中に、ドゥッと、脳味噌が溶けるくらい甘いドロドロが侵入って来て、次いで、太子のベロが押し入ってきた。
舌を好き放題に絡め取られ、口腔をグチュグチュ掻き回される――其れは文字通りの甘いキッスで、でも僕の方はもはや其れどころじゃなくて、喉の奥の方にチョコレート唾液が引っかかり、激しく咽せた。
それなのに口は塞がれて、太子は遠慮なくディープキスを強いて来るものだから、とんでもなく苦しくて、涙がボロボロ出てきた。
終いに、僕は太子を思い切り突き飛ばした。
「――っぐ、ン――げほっ」
口に注ぎ込まれたチョコを何とか飲み下して、激しく喘いだ。
太子ときたら、そのまま大の字になってグースカ寝てしまった。
苦々しい思いで糖分満点の口の中を舐めながら、僕はそのペッタンコのお腹に頭を載せて横になった。
これを悲劇と言わず何と言おう?
来年の2月も、チョコは貰えない気がする。太子と居る限り、僕のモテ期が訪れる確率は限りなく0に近いと思う。
来年の3月も、太子は臭いチョコをこしらえて、女の子に逃げられるだろう。で、僕は太子のチョコを食べるんだ。
強いお酒のせいか、太子も僕もぽかぽかしていた。
瞼が重たくなってきた。
――ああ、誰かが言ってた。
悲劇は喜劇だ、って。
<fin>