「芭蕉さん、朝ですよ。 起きてください。 キックしますよ」
寝惚けと無意識とが混じり合った、心地よい温もりの中に、いつもの如く容赦ない、彼の言葉が切り込んで来る。
き、キックされる――!
体がその痛みを思いだして、素晴らしくサッパリと目が覚めた。
・・・・・・のは 良いものの。
やはり布団の柔らかさ、温かさは何者にも代え難くて。 今日みたいに冷え込む朝は、ことさらそうで。
だから私は、無謀と知りつつも、布団をギュウッと引き寄せ、体を丸めて、反抗の姿勢をとった。
もういい。 今朝は、蹴られても殴られても放り投げられても起きるものか・・・・・・っ。
「芭蕉さん・・・・・・」
怒ったような低い声に、私は体を固くした。
――けれど、痛烈な攻撃は来なかった。
かわりに、曾良君が私の背後に正座する気配がした。
――?
いつもなら、即座に鋭利すぎる蹴りが来るんだけど・・・・・・
「起きてください。 ねぇ、芭蕉さんってば。 朝ですよ。 朝」
これは・・・・・・説得モードだろうか?
曾良君が私を言葉で動かそうとするなんて、そうそうある事じゃない。
もしや曾良君、 ようやく師匠との付き合い方という物が解ってきたのかしらん。
なら、尚更起きるわけにいかないじゃないか。 俳聖たるもの、弟子の忍耐を鍛えてやるのも必要だ。
「朝ご飯、僕ひとりで食べちゃいますよ」
「・・・・・・いいよ、私あとで食べるから。 もうちょっと寝かして・・・・・・」
「寝坊するなら、芭蕉さんの分は無いと思ってください」
「えっ、そんな・・・・・・あ、あぁ解ったよ。 別に良いよ。 私は眠たいんだ。断固二度寝するんだっ」
「ハァ――しょうがないですね」
やった――心置きなく惰眠を貪ろうと思った時、背中の方の布団が捲られ、冷気がサァっと体を撫でた。
「へっ――?」
「失礼します」
曾良君はしれっと言って、布団の中に侵入ってきた。
忙しなく衣擦れの音をさせながら曾良君が収まると、間もなく私は、後ろから伸びてきた細腕に抱き込まれた。
曾良君はまだ寝間着のままのようで、はだけた胸板から伝わって来る体温の具合で其れが解った。
「・・・・・・曾良くん、これは」
「芭蕉さんとご飯食べたいので」
「ああそう・・・・・・だから?」
曾良君は、私の肩甲骨に すりすりと頭を擦り付けて来た。
本当、どうしちゃったの 曾良君――
愛情満点のその行為は取り敢えず、私を有頂天にさせる。
「――だから、お願いです。起きましょう? 芭蕉さん・・・・・・ね?」
いつもは恐ろしいばかりの曾良君のハスキーが、地上の楽園を味わいつつある今の私には、とにかく心地が良い。
良すぎて困っちゃう。いや、気持ち良すぎて困る事なんて 無いかぁ。
でも、どうせならこのまま、ずっと曾良君と寝ていたい。
日頃トンデモナイ目に遭わされていながらも、こんな危機意識の無い事を思ってしまう。
仕方ないじゃないか。私は曾良君の事が好きで好きで、
普段鞭ばかり振っている彼が気まぐれにくれる飴は、出来うる限り口に入れたいのだ。
だから――
ああ、年甲斐も無く、胸がドキドキし始めた。
でも、セッカク曾良君が甘えて来るんだし――いいよね。ちょっと調子に乗っても。
「曾良くん・・・・・・そんなに、起きて欲しい?」
「そう言ってるでしょう。耳を噛みちぎられたいんですか」
「お、起きても良いんだけど、その前にひとつ、お願いが」
「何でしょう」
「あのさ――なんか・・・・・・」
口籠りつつ、私は曾良君の手を、さり気なく下の方へ導いた。
「・・・・・・勃っちゃったの♥」
「は?」
「いや、だって曾良くんが甘えて来るもんだから――ハァハァ――体がつい反応しちゃって・・・・・・」
私は寝返りを打ち、曾良君の寝間着にバッと手を掛けた。
「だからね、曾良君・・・・・・抜い――ヘゥボワッ!!!」
気がつけば、私の体は壁に叩き付けられていた。
私の視界で天地が逆様になり、投げ飛ばしを完遂させた両手をピシパシ叩き合わせながら、曾良君は天井に吊り下がって歩いてきた。
「僕に取引を持ちかけようなんて、罪深いにも程がありますよ芭蕉さん。
ったく、とんだエロジジイだ」
その目は冷酷に光っていて、けれど何処か嗜虐的な喜びを滲ませており。
「ず、ずるいッ――曾良君が誘惑してきたんじゃないかっ」
「気持ち悪い事を言わないで下さい。
僕は、チョット優しく起こせば、芭蕉さんが心地よく目覚められるかなと配慮したまでの事です。
それを、アナタが勝手に発情したんでしょうが」
「いいじゃん!!男なんてエロくてなんぼじゃーい!!!
っていうか君、始めからこういうつもりだったんだろ! チョット持ち上げて落とすつもりだったんだ!!!
チクショー!!!!」
宙ぶらりん状態の足を掴まれ、更に何処かへと投げ飛ばされ・・・・・・
意識が消え行く刹那、曾良君のハスキーが聞こえた。
「でも、まんざらでもない。 そうでしょう――?」
持ち上げられて、落とされて。
打撲傷の数だけ、君が好きになってゆく 謎・・・・・・謎・・・・・・
<fin>