お注射しましょ

 

 

「66番の結野さま〜」

「えfqfぴえゔぇpqpcl」

「何やってんですか 義兄上。 ほら、行きますよ」

「い、嫌じゃ。 も、も、もう帰る」

義兄上はフルフル首を振った。

普段の鷹揚とした姿からは想像出来ない程の狼狽ぶりに、こっちは思わず・・・・・・にやけてしまう。

その腕を引っ掴み、引き摺って行った。

「駄目ですよ、ここまで来て。 大丈夫、痛いのなんて ほーんの一瞬ですって」

「実は先端恐怖症なんじゃ、今思いだした」

「嘘はいけませんねぇ」

「やだっ 注射なんかせずとも平気じゃもん! 云10年生きてきて、はしかなんて罹った事無いもん!」

「口調変ですよ。——あっ、 ほぉら、ココにも貼ってある。チラシ。

 『麻しんの予防注射は3月31日までに!』

 これ、お屋敷にも届いてたでしょ? はしかはね、春先から夏にかけてが危ないんですよ。

 免疫備えとかないと、確実にアレですよ。

 マッタク、生まれてから一度も予防接種受けた事が無いなんて。俺が気付いてあげて良かったホントに。

 ——さぁ、診察室ですよ。大人しくしましょうね」

「いいい嫌じゃあぁぁぁ」

アルコールの匂い漂う、カーテンであちこち仕切られた部屋に、お義兄様を押し込んだ。

すると、袖をぎゅうっと掴んできた。

「ぎ、銀時、側に居てくれ」

「看護婦さぁん、いいですか?」

「構いませんけど・・・・・・」

「同伴なんて、フツーは小さい子がしてもらうんですのよ、お義兄たま?」

「いいから・・・・・・お願い・・・・・・っ」

泣き出しかねない勢いだったので、俺は嬉々としてお義兄様の手を握った。

 

 

「それじゃ、肩を出してもらえるかな?」

「——っ」

唇が白くなるくらい噛み締め、お義兄様は袖を捲り上げた。

「よしよし。すぐ済むからねー」

アルコールで拭かれた二の腕に注射針が触れるか触れないかというところで、ひんっ!と信じられないくらい甲高い声を上げて、首に掻き付いて来た。

「動いちゃ駄目でしょー、お義兄たま」

「ぅう 銀時っ・・・・・・銀時ぃ・・・・・・でかいよぉ、アレぇ・・・・・・っ」

「注射器ね。 別にフツーですって」

「あんなの・・・・・・ひっ・・・・・・入らないよぉ」

可動式カーテンの向こうから、ナースさん達のクスクス笑いが聞こえてくる。

お顔の良いお義兄様の、可愛いすぎるコワレッぷりは、彼女らにトテモ歓迎されてるらしい。

「大丈夫、俺はここに居るから」

「ぐすっ・・・・・・ほんとに?」

「ほんとさ」

キャー、と高揚した声がちらほら。 なにこの状況。気持ち良すぎる。

「・・・・・・だから、ちゃんと我慢出来るよな? 晴 明」

「——ぅん・・・・・・」

ちょっと——お布団の中よりもカワイク無いですか、お義兄様ってば。

「さ、こうやって後ろから抱いててあげますから」

「頼む・・・・・・」

再び、白い肌に針が近づく。

「ハイ、じゃあ刺しますねー」

「・・・・・・」

「——はい終わり。良く頑張った」

驚く程にあっけなく、其れは終わった。

パチパチパチ・・・・・・

何故だか、診察室には拍手が溢れた。

「良かったですね、お義兄様。 よちよち」

俺は爆笑したくなるのを堪えていた。

お義兄様はというと——

 

「帰るぞ、銀時」

「へ?」

「先生、世話を掛けたな。有り難う」

嵐が去った後なのに、嵐が来た形跡さえ見つからない。全く何時も通りの顔で、お義兄様は立ち上がった。

「フッ・・・・・・注射なんぞ本当に大した事は無かったの。 なにボケッとしとるんじゃ。帰るぞ」

そう言って、俺の腕を引っ張る。

「ちょ、お義兄様? 帰るって? え?」

「これから、ぬしの注射をせねばならんだろうが。さっさとしろ」

「ち、注射? っはは、何言ってんですか。俺はガキの頃に済ませたって言ったじゃ・・・・・・」

お義兄様の眼光に、俺は凍り付きそうになった。

「尻の注射じゃ。来い」

「えっ・・・・・・ちょ」

「とーっても痛くて、とーっても熱くて、とーっても癖になるぞ。

 散々面白がってくれた礼じゃ。遠慮するな」

「いやあの、けけけ結構です・・・・・・俺、そういう予定は・・・・・・いっ・・・・・・

 うわああああああ!助けてええぇぇぇぇ!!!

 

 

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