はっぴばすで。

 

 

2月21日。

銀時のやつが訪ねてきた。 まぁ最近では特に珍しい事でも無いが。

で、何をしとるかというと、わしの部屋で寝っ転がって、煎餅齧って、畳に鼻糞落として、テレビ見て、

まぁ いつも通りじゃ。

あまりにいつも通りだから、わしの方が妙にそわそわする。

何故かと云えば、こやつがわしのサプライズ誕生日を企画しておったのを、図らずも知っているからじゃ。

「ねぇお義兄たま」

「んっ、何じゃ」

ここは無心を装う。魚心あらば水心じゃ。

「いや、何かねぇ、最近誰かに監視されてるよーな気がするんですよ。

 後ろから尾けてくるような気配とか、天井裏からじっと見て来る気配とかがあってねぇ」

「ほぅ・・・・・・ただのストーカーでは無いのか 其れは」

「いや、コイツのとはちょっと別物っていうかぁ」

銀時はおもむろに木刀で床板を貫いた。「ぐはっ♥」という女の悲鳴というか喘ぎ声?が聞こえた。

「ちょっとぉ!?今何刺したのそれぇ!?」

「ストーカー。

 でもここんとこ感じる気配は、コイツのとは違う。人間のもんじゃあ無い」

銀時は何事も無かったように木刀を腰に戻すと、わしに目を向けてきた。

こやつ、式神に気付いておったか——しかし、其れがわしが差し向けたモノだと気取られはすまい。

あくせく金の工面なんぞしているこやつが可愛くてしゃーなくて、江戸の守護を若干弱めるのと引き換えに、式神を使って毎日見ていたなどとは、口が裂けても言えん。

「なんじゃお前、化生に取り憑かれたのか。ははは。それは難儀じゃのぅ」

「やっぱそーなんすかねぇ。取り憑いてますかねぇ。はははーは

 こーゆーのに関しちゃおたく、オーソリティでしょ。何とかして貰えません?」

「そぉじゃな。お前の頼みとあらば」

「頼みますわ。・・・・・・んじゃ、ちょっと出掛けて来ます」

銀時はよっこいしょと立ち上がった。

「何処に?」

「何処って・・・・・・コンビニ?」

瞬間、ぎくりとしたのがみえた。

「何故に疑問文なのじゃ」

「じ——ジャンプ買ってくる。 ほら、午後から雨降るって結野アナ言ってたし」

「そうか。ならわしも あんまん買いに行こうかの」

「おおお俺が買ってくらぁ」

だから家で待っとけ、と言って、銀時はさっさか出掛けて行った。

あやつがあんな風に取り乱すのも珍しい——

ひとりにやけながら、わしも外出の準備をした。

銀時がそれとなく、何が欲しいとかいうことを訊いてきた時は、毎度わざとはぐらかした。

いちいちそんなことを確かめたがっているあの男が面白かったし、いじらしかったからだ。

というわけで、街に出たあやつは、今日をどう演出するか混迷する事じゃろう。この目でその姿、鑑賞させてもらうことにする。

わしはバースデイを楽しむ男じゃからのぅ。

 

 

街へ出た銀時は、コンビニへ向かった。

電柱の陰に隠れながら伺う。やつは漫画雑誌のコーナーに直行すると、立ち読みを始めた。こちらに気付いた気配は無い。

その時——妙な視線を感じて、わしは振り返った。

だが、白昼堂々狩衣姿で尾行ごっこしているわしを不審そうに見る通行人のほかは、何も居なかった。視線も感じなくなった。

ふと下を見ると、通行犬が袴に小便をひっかけようとしていたので、慌ててコンビニに駆け込んだ。

商品棚の陰に隠れて伺うと、今度は成人雑誌コーナーで立ち読みしていたので、いささか呆れながら眺めた。

するとやつは何を思ったか、腕に掛けたカゴの中にバッサバッサと桃色雑誌を放り込み始めた。あと、何故かジャンプも数冊投げ入れた。

な、何をしとるんだ?

「5千円くらいかぁ・・・・・・」

財布の中身とカゴ一杯の雑誌とを渋い顔で見比べている。

「大人買いなんて機会、滅多に・・・・・・いや、でもなぁ・・・・・・」

ちょっと待て、ここで散財する気か!?

「や、でもお義兄たまも大人だし、そこは大人のプレゼント(笑)って言っときゃあなんとか」

なるかぁ! いらんわ、そんな穢れたプレゼント! ぬしが読みたいだけじゃろぉ!

「はぁー」

やつは長いため息を吐くと、カゴの中身をリセットしにかかった。

 

ジャンプと餡饅の入ったビニールをぶらぶら下げて、銀時は往来を歩いて行った。

電柱から電柱へ渡り歩きながら、その後をつけた。

 

 

ひときわ人の多い処へ出て、別段物陰に潜まずとも良くなった。

というか、わしはホシを見失ったのだ。

「銀時、何処じゃ」

呟いて出てくるものなら苦労は無い。

だが幸運にも、往来を離れて路地へ入って行く天然パーマを発見した。

角に隠れて伺うと、そこも人が溢れていた。昼間だというのに、薄暗いその一角に、遊郭の明かりは煌煌と光り、女が客を惹いていた。

銀時は着飾った女に腕を絡まれ、何事か話している。

「——安くしときますよぉ お兄さん」

「ええ、どうしよっかな〜」

けしからんことに、そんなやりとりが聞こえてきた。

「5万でどぉー?」

「話になんねぇよ」

「んもーう。じゃ、4まーん」

「1万だ」

「うふふ いいわよ。 可愛がってねん♥」

「——おい、ぬし。何をしとるんじゃ? 」

「任せな。俺は精巣は無ぇが、棒使いは世界一——」

「何をしとるのかと訊いておる」

後ろを振り向くと、アテレコ中の外道丸とばっちり目が合った。

「あ、どうも晴明様」

すかさず小型ビデオカメラを向けてくるので其れを遮る。

「どうも、じゃない。さっきの妙な気配もぬしじゃな。何しとるんじゃ」

「社長に言われて」

「社長?」

「——あらら、お義兄たま。奇遇ですねぇ、こんなところで」

 見れば、銀時がすぐ傍に立っていた。

不敵な笑みを浮かべているが、右頬には赤い手形が浮かび上がっている。

「ど、どうしたんじゃ、それ」

「さっきの女に1万円しか持ってないって言ったら「おとといきやがれ」ってさ。

 それより、ここ一ヶ月ぐらい、俺の事ストーキングしてやがりましたね、にィにィ。

 天下の陰陽師様が、式神使って何してるんですか」

「誰がにィにィじゃ。・・・・・・わしの尾行にも気付いておったのだな」

「ええ。でも やられっぱなしってのは癪なんで、外道丸に頼んで裏かかせてもらいましたよ。

 外道丸、変態陰陽師の卑劣なストーキング映像はバッチリ撮れたんだろうな?」

「勿論でござんす。では、あっしはこれにて」

外道丸はカメラを懐に突っ込んだ。

「ちょっと、カメラ返しなさい、お前は」

「報酬として貰うでござんす。社長には、あとでコピーしたのをやるでござんす。それでいいだろ」

「社長になんて態度!? 第一そんなもんお前が持っててもしゃあないだろ! なんに使うんだ!」

「コレクションに」

「なんの!?」

「晴明様のに決まってるでござんしょ・・・・・・」

 外道丸は頬を赤らめ、消えた。

「コラァ! ——えっ、なにあの子? いつの間にあーゆーことになってんの!?」

「知らん・・・・・・」

「この人は俺んだかんね。渡さないからね!たま×んは」

「誰がたま×んじゃ! ってかもはや たま×ん以外の何者でもないよね 其れは!」

 

「まぁ、とにかく——これで、俺の勝ちみたいなもんでしょ。サプライズ成功でしょ」

銀時は、わしの額に でこをぶつけて来た。

「あんたの生まれた日に有り難う。 んで、これから どーします?」

 

 

取り敢えずカレーが喰いたい、と言うと、怪しげな印度料理店に連れて来てくれた。

「ああ、降ってきやがった」

カレーを挟んだ無発酵パンを面倒臭そうに食みながら、やつは呟いた。

「銀時。わしを連れ出してくれてありがとうな」

「ぅん?」

「始めから それが目的だったんじゃろう?

 思えば江戸の街も随分久しぶりじゃ。家に居ながらにして好きな処を詳細に見る事が出来るのだから、どうしても足が遠のく」

 

前に歩いた時には気付かなかった。——街の空気は美味くないが、それでもずっとここを歩いていたいと思わせる謎の風味を秘めている。

クリステルもこの風味に惹かれたのやも知れぬ。今なら妹の気持ちが解る気がした。

 

「俺はただ、お義兄たまを嵌めて、あわよくばデートしたかっただけですけど?」

「上出来じゃ。なんせ、わしはバースデイを楽しみたい男じゃからのぅ」

 

<fin>