誘う

 

敵の妨害により物資届かず――
 
私と少将は吹雪に包まれた要塞のひと部屋に立てこもって、色褪せたようなコーヒーをすする。
 
テーブルの上には、少将が未処理のまま積み重ねた結果出来た書類の小山。 
 
私は少将を手伝っていることになっているが、目下羽ペンは私のものしか動いていない。 少将はといえば、背もたれにぐでんと、お尻の座りの悪いテディベアのように凭れて、天井のシミでも数えているような姿勢だ。時折、思い出したようにコップを口に運んで、顔をしかめる。
 
「ああ、だるい」
 
「そうですか。 私には究極にリラックスしておられるように見えますが。
 ――いっそ お昼寝でもされては」
 
 彼女の怖い眼に、私は言葉を追加した。
 
 彼女はひっくりかえりそうなほど後ろに傾けた椅子を、カタンと床に着地させた。
 
「いい提案だ。 睡眠は作業の能率を向上させる。 マイルズ、寝るぞ」
 
「おやすみなさい少将」
 
「わかった。 上官命令だ、抱け」
 
職権乱用、公私混同、セクハラ――思いつく限りの文句が脳裏をめぐり、羽ペンは紙に引っかかって青いインクを砂粒のように散らす。
 
「近頃ご無沙汰だし、貴様も溜まっているだろう。 至極素晴らしいものが味わえそうだ。
こういうときは一発気分転換して爽快になるのが一番だ。 しかるのち戦おうじゃないか」
 
「少将おひとりでどうぞ。 私は今現在、何の滞りも無く仕事しておりますので」
 
実力行使が私の股間を強く踏みつけてきても、私は知らん顔をつとめた。
 
「生き物は、使わん器官があるとどんどん退化していくんだぞ。深海魚の眼しかり、蛇の脚しかり。
 お前のこれも心配だな、マイルズ?」
 
「ご心配無用です。 今のところ問題ありません。
 それに少将、もう使い切ってしまったじゃありませんか」
 
うっかりしていた上にこの吹雪で貴重な買出しの機会が無くなって、私と彼女の安全装置は手に入らず終いだった。
 
「じゃあ、指と舌だけ行使すればいい」
 
彼女のブーツはさらに無遠慮になって、まだ乾いていない私の筆跡の上にどかっと置かれた。
 
「インクが滲んで、書類がひどい斑模様になりますよ」
 
などと言っても馬の耳に念仏というものであることは自明の理。
 
 
end