夏だ。
といっても、ここでは季節に従って移り変わるものなど、土台カレンダーの数字くらいのものである。雪が溶けるわけでもないし、昼夜の長さも一定で、日差しは相変わらず地表にたどり着く前に熱を失う。
――とすれば、だ。 うちの兵に暑中休暇などというものをくれてやる必要はあるのか。
火掻を暖炉に突っ込むと、乱暴すぎたようで、薪の欠片がひとつ絨毯の上に飛び出した。そいつには火の粒が寄生していた。たちまち毛足の長い絨毯が黒い煙を上げ始めた。私は膝立ちのまま、特に焦りもせずその様子を眺めていた。
ノックの音が頭蓋のてっぺんを叩く。
「少将、紅茶を ――燃えていませんか、それ!?」
マイルズは仰天したが、私には糞がつくほどどうでもいいことのように思えた。
「ああ。うん。燃えそうだ」
「はぁ!!??」
「消せるか?」
マイルズはまずティーセットを床に置き、それから直ちにすっ飛んでくると、火種を踏みつけて殺した。
もうもうたる煙と、嫌なにおいが立ち込めた。
「危ない。――・・・・・・一体、何をしていらっしゃったんです。火遊びですか?」
「餓鬼じゃあるまいし火遊びなぞするか。ただの事故だ」
胸の辺りがささくれ立つような感じで、私は大層ぞんざいに言葉を吐いていた。
「そうですか。・・・・・・大丈夫ですか? 火傷等なさっていませんか」
「ああ」
こいつの言葉は極めて好ましいのに、どうして近頃は、こうも私の機嫌を剥くのだろう。
「良かった。 紅茶をお持ちしました」
マイルズはさっさと換気をし、何事もなかったように茶器を用意し始めた。
私はその場で膝を抱えた。舌の奥で、燻る思考を転がし続ける。
――お前、帰ればよかったのに。
あの究極に不細工な電報を送りつけられた、奴の奥方を流石に少し不憫だと思う。
だから今すぐ荷物をまとめて来い。さっさと下山したらどうなんだ。そうしたら私は思う存分お前を扱き下ろせるというものだ。ひとりベッドの上で転がりながら、不満をぐるぐるとかき混ぜているほうが、きっと紅茶をかき混ぜるよりも一興だ。
そもそも、いつまでも二心持ちの優柔不断の甲斐性無しのくせに、慣れない事をするな馬鹿が。イニシアチブを得ようなど、もっての外だぞ馬鹿が。 お前は、勝手に残留している。
――『いいんです。たまには』
年甲斐も無い無邪気な笑みに一瞬、寒雷に似た感覚を覚えた、その時のことを思い出すと
ああ、目障りすぎる。 軟弱な男など、燃えカスほどの役にも立たない。
目の前に出された紅茶は良い香りを立ち上らせて、ますます私の気分はこじれる。だから受け取ってすぐ口をつけたら、舌の上に電気のような痛みが走った。
<end>