「・・・・・・なんですかな、そのモッコリは」
「い、いや・・・・・・先ほど外を見回っていて仔熊を保護して・・・・・・な?」
一体私は何を言っているんだろう。
右手にはモップ。左手には不自然に膨らんだコートの前身頃を抱え。
「仔熊でありますか」
「うむ。 親から離れたらしい・・・・・・この吹雪の中、震えていたからつい。吹雪が止んだら山に放すことにしよう
――それよりバッカニア、トイレの清掃は済んだのか。まだだろう――行って来い、ほら」
「は・・・・・・」
敬礼をして、バッカニア大尉は踵を返した。 ああ、その忠誠心は本当に美徳である。
――おいお前、笑っているだろう。
「少佐、少将を見かけられたら捕まえていただけますか。
先ほど下級兵の不手際に癇癪を起こしてパイプを破壊してしまわれたのを、何とかしてもらわないと」
「了解した、ご苦労」
大尉が立ち去るのを、私は馬鹿に姿勢よく待った。
「――熊? 随分なことを言ってくれるな、マイルズ少佐」
もぞもぞとコートが開き、ニヤニヤ笑いの、彼女の碧眼が見上げてくる。
「失礼しました。では、今後、いきなりコートに飛び込んできた上司に『匿え』と命じられた時はどうすれば良いか教えていただけますか」
「そのまま走り去れ。隠れろ」
「このままでですか。それはとても走り辛そうです」
「今実行してもいいぞ。そうだな、しばらくお前の部屋に居させろ」
「解りました」
私は彼女を抱き竦めた。もとい、捕まえた。
「・・・・・・と、言いたいところですが、承知できません。バッカニアと約束してしまいましたからね。さぁ、壊れたパイプを何とかしに行きましょう」
舌打ちが放たれる前にと、その唇を塞いだ。 すぐさま逃れるのは、一瞬胸の奥が例によって痛んだせいもある。
「続きは終わってからでいいでしょう?」
受諾したようで、彼女は不機嫌に唇を尖らせはしたが、ともあれ私のコートから出た。
「来い、マイルズ。ここはもういい。完璧だ。 ・・・・・・ふん、私が国を獲ったら、まず大掃除をこの国の行事から消滅させてやる」
「休暇に帰省する連中は、毎度張り切ってやってますけどね」
そして、本来ならば私もその一人だったのだが。
――タボウニツキ カエラレズ スマナイ アイシテイル
こんな野暮をしてまで、ここに残るというのか。 だがすでに苦しみは電気信号と化して、ここには無い。
「少将も帰られないのでしたね?」
「ああ。 だから、張り切るも何もないな」
「ごもっともです」
私はモップを壁に預けると、彼女の闊歩に従った。磨き上げた廊下には、塵ひとつない。
じき、休暇だ。
<end>