熱帯夜を忘れて久しくなるのに、相も変わらず私の夜は長い。
私の体は、就眠に到るまでの運びが鈍行になっているらしく、ばたんきゅうというのをまず経験したことがない。
目下私をいけどるように掻きついて、占拠した腹の上で安らかな寝息を立てているこの人などは、たとえそれがピロートークの最中でもお構い無しに眠ってしまうのだが。
彼女がふと目覚めたとして、「眠れない」などと言ったら年寄り臭いとかなんとか直球を返してくるのだろう。だから私もせいぜい眠ったふりをして、月光が照らす彼女の寝顔を眺めながら無意識の訪れを待つことになる。
それにしても、眠りというものは、至って誰にでも平等に罪のない寝顔を与えるものらしい。この、ごついとしか言いようのない二つ名を冠している女王も例外ではなく。――眉目秀麗とはよくいったものだ。主に男に使う言葉だが、ここから見える滑らかな眉と長い睫毛に縁取られた目がとりわけ秀麗であることは確かなので、持ってきても何ら問題はないだろう。――と平和な思考をもてあますのも鬼の居ぬ間にというものだが。
などと思っていると。
「――マイルズ」
「はっ」
突然のことで、つい儀礼が口から飛び出した。狸寝入りは意味を失った。
一方、彼女は一旦沈黙した。寝ているものだと思って、答えを期待していなかったらしい。
「なんでしょう」
「いや何となく。眼が醒めただけだ――お前、寝ないのか」
「いえ、そのうち・・・・・・寝つきが悪いもので」
「爺さんだな」
私は二の句が継げなくなった。
「だが年寄りにしては寝坊だな。どうにかならんのか」
「無理ですね・・・・・・」
私は苦笑した。
彼女の指が月光を頼りに、私の頬に触れてきた。
「眠れないというのは、どういう感じなんだ? 解らん」
「本当に少将はよく眠られます」
遠慮なく起きるし、遠慮なく眠る。そして、その活動に殉ずることを、私は否と思わないわけだが。
「近頃はことさら快眠だぞ。お前はなかなかいい蒲団だからな」
彼女はぎゅっと抱きついて来た。それはとても――
「いたたたたっ・・・・・・!」
「鍛えが足らんぞ」
私の鎖骨にがりがりと頭を擦り付け、彼女は笑った。
「おやすみマイルズ。とっとと寝ろ」
「・・・・・・了解。おやすみなさい少将」
「・・・・・・あ・そうだ、明日は蝦固めで起こして欲しいか?それとも上四方固めか?」
「声で起こしてください」
「却下だ!」
「・・・・・・お任せします・・・・・・」
私は目を閉じた。
――やれやれ、さっさと明日にしてしまうか。
<end>