早朝。まだ人のいない共同洗面所は殺人的な冷たさで、私は踏み入れた足を即座に引っ込めた。
タイルは変温動物の皮膚のように冷気を染み込ませている。混み合う時間帯を避けてゆっくり身支度しようという算段だったが、歯を磨いている間に心不全で死ぬかもしれない。 ・・・・・・私も歳だしな・・・・・・。
躊躇していると後ろから、彼女が腰の辺りを小突いてきた。
軍服を着て生まれてきたと言われれば頷けるような彼女だが、フリル云々のついた淡い色調の、月並みな言葉で言えば、可愛らしい寝間着を愛用している。
――それがすこぶる彼女に配合が良い事は認めるが。
「早いぞ。もっと念入りにしろ」
しきしきと歯ブラシを動かしながら、泡を含んだ声で彼女が咎めてくる。聞き流すことにして、私はタオルを口に当てた。
「少将は丁寧になさいますよね」
一緒に眠る代償に一緒に早起きさせられるようになって、そういうことを知った。
「お陰で歯医者については無知でな」
「それは羨ましい。 お先です。 朝食まで、もう一度寝ます」
「ん」
歯ブラシを咥えたまま、彼女は私にてのひらを出した。
私が戯れに握り拳を乗せると、容赦なく叩き落とされた。
「お手じゃない」
「はいはい・・・・・・」
洗った私の歯ブラシをちんと載せ、凍て付いた洗面所を後にする。
コップには2本の小細工。
彼女のフリルのように柄にもない。
<end>