もろい赤

 

「そろそろそんな物、外してしまったらどうだ」
 
「え?」
 
デスクの向こうから上司の手が伸びてきた。だが大造りのデスクが彼女の伸びを阻害し、雪で造られたような指は、私の顎を掠って落ちた。
 
「・・・・・・サングラスを?」
 
「ああ」
 
彼女はチェアに、退屈しのぎに上げた腰をまた下ろし、頬杖をついて、やはり退屈しのぎの会話をする口調を奏でた。
 
「ここは私の城だ。何も隠す必要は無い」
「ああ、眼のことですか」
 
彼女の語尾と私の早口が重なる。
 
「違うのですよ。これは雪盲防止で。眼を隠しているわけではないのです」
 
「なんだ、紛らわしい」
 
 些細なことにも露骨に忌々しげな、不快そうな顔を作るのがこの方の癖なのだ。今日の場合、内心は顔ほど苛ついているわけではない。
 
「それにしても、室内で入用か?」
 
「この赤い目は不便なことに、雪に反射した紫外線をより吸収しますから。 雪眼に罹りやすいのですよ」
 
「なるほど。眼が弱いのか」
 
「人よりは。だからお許しください」
 
「ふん・・・・・・うさちゃんみたいだな」
 
「は?」
 
 この険しい眼をした人の口から出るに似つかわしくないワードを、聞き流せるはずも無い。
 
「うさちゃん?」
 
「涙を出せないから、眼球の投薬実験に使うじゃないか――うさぎだ、うさぎ。赤い眼の。言うだろう、うさちゃんと」
 
吹いてしまった。
 
「な――なんだ、マイルズ。何が可笑しい」
 
「いえ・・・・・・っ」
 
私は必死で咳払いをして、何とか表情を整えようと努めた。
 
きっと「赤ん坊」を「赤ちゃん」と言うようなニュアンスで理解しているのだろうと推測する。血筋柄か、自分の常識を信じて疑わないふしがある。
 
そして今まで、訂正する勇気のある者が無かったのだろう。
 
日々彼女の一挙一動一発言に戦々恐々としている仲間たちが聞いたら、どんな顔をするのだろう。もったいないから絶対に教えないが。
 
「失礼しました。 少将のご家庭ではそう言うのですね」
 
「お前は使わないのか」
 
「そうですね、大の大人が使うには、あまりにも――」
 
 この方の眉がミリ単位で動くだけで、その心の動揺が判るようになってしまっている私は、何なのだろう。
 
「幼稚、と?」
 
「いえ、そうではなく・・・・・・か、可愛らしい、というか」
 
「・・・・・・マイルズ」
 
 彼女は仏頂面も甚だしく、私を手招いた。
 
 体が義務的に応じて彼女に顔を寄せると、首に腕が廻ってきて、私は拘束された。
 
「やはり外せ、それ」
 
「承知しかねます」
 
がつ
 
とひどい音がしたかと思うと、私のモノクロの視界が色味を取り戻した。
 
彼女は歯で挟んだサングラスを、無造作にデスクに吐き落とした。
 
ゴトッ
 
「何をなさるんですか」
 
「こっちの方がよほど良い。 うさ・・・・・・ぎみたいだ」
 
「好きなんですか、うさぎ」
 
「美味いからな」
 
いたく挑発的に笑うと、彼女は唇に噛み付いてきた。      
 
 
 
 
                            

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初マイオリ。

お前さんを征服したい♪(by椎名林檎様)

なオリヴィエさま×やぶさかでもない少佐、だといい。